【インドネシア・ジャカルタ】オランダ・バタヴィア時代の建築に囲まれたファタヒラ広場

観光
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ジャカルタ・コタ駅の中にあるBakmi GMで、お昼ご飯を食べた後は、駅近くのファタヒラ広場に向かうことにしました。オランダ統治時代は、このコタ地区周辺から整備が進められていきました。そのため、今でも当時の建物が残っており、ジャカルタの観光ポイントとなります。

コタ地区について

ファタヒラ広場の歴史

ファタヒラ広場。バタヴィアの中心的な広場として整備されました。

このファタヒラ広場という名前は、かつてインドネシアにあったイスラム教国・バンテン王国の将軍の名前に由来します。オランダ統治より前にインドネシアに到達したポルトガル軍を撃退した将軍です。

その後、オランダはバンテン王国を撃破し、最初に書いたとおり、ファタヒラ広場周辺のコタ地区を中心に、バタヴィアという街を整備します。そのためコタ地区は、ジャカルタの旧市街地にあたります。ファタヒラ広場はヨーロッパ式の広場として整備されました。

バタヴィアという名前は、ファタヒラと似ていますが、別の由来でできた名前です。バタヴィアは、古代ローマ時代にオランダ地方に住んでいたゲルマン民族系のバタウィ人が由来です。
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周辺はコロニアル様式の建築が多い

ファタヒラ広場周辺には、オランダ統治時代の建物が残ります。

このファタヒラ広場から一歩路地に入ると、このようにオランダ統治時代の建物が立ち並びます。写真の建物は、おそらく当時の植民者の住宅でしょう。
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ヨーロピアンな印象を受けるジャカルタ・コタ駅

ファタヒラ広場は、ジャカルタ・コタ駅に徒歩10分くらいの場所にあります。ちなみに、このジャカルタ・コタ駅も、オランダ統治時代に整備された駅で、当時の名前は「南バタヴィア駅」でした。

周辺には博物館が点在する

コタ地区にあるインドネシア銀行博物館

ファタヒラ広場の周辺は、このように歴史的建造物が多いので、博物館も多くなっています。写真の博物館は、インドネシア銀行博物館です。この建物も、オランダ統治時代に運営されたジャワ銀行の建物が利用されています。

コタ地区の博物館を地図に落としてみました。地図の下の表と見比べてみてください。
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博物館名備考
ジャカルタ歴史博物館旧・バタヴィア市庁舎(1627年)
絵画・陶磁器博物館旧・バタヴィア裁判所
ワヤン博物館元・プロテスタント教会。ワヤンはジャワ島の影絵芝居。
インドネシア銀行博物館旧・ジャワ銀行→インドネシア中央銀行の建物
マンディリ銀行博物館旧・オランダ貿易協会(1933)
トッコ・メッラ元・オランダ東インド会社の高官の住居
跳ね橋1628年建造の跳ね橋
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ファタヒラ広場を観光する

元・バタヴィア市庁舎のジャカルタ歴史博物館に入る

正面の建物がジャカルタ歴史博物館。広場ではレンタサイクルが借りられます。

せっかくなので、数ある博物館のなかで、ジャカルタ歴史博物館に入ることにしました。この博物館は、元・バタヴィア市庁舎の建物が利用されています。
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開館時間は8:00~17:00. 入館料は2,000ルピア(≒20円)でした。非常に安いですね。
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ジャカルタ歴史博物館の中庭。

ジャカルタ歴史博物館の中庭です。ちょうど広場の反対側にあります。入館料が安いこともあり、おそらく地元の人でしょうか、中庭でみなさん休まれてました。ちょうど、お昼の2時ころで、大変暑い時間帯でした。
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建物の中では、バタヴィア市庁舎時代に使われた家具や調度品などが展示されています。また、歴史博物館だけあり、オランダ統治時代に限らず、様々な時代について学ぶことができます。

なお、このバタヴィア市庁舎。地下には監獄があり、処刑者は見せしめとして、ファタヒラ広場で処刑されたいたとのこと。300年前の話です。

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疲れたら、カフェバタヴィアへ

カフェ・バタヴィアはジャカルタで一番有名なカフェ

ジャカルタ歴史博物館を見学したあとは、広場を挟んで反対側にあるカフェ・バタヴィアに入ることにしました。(歴史博物館に入って涼めるかと思ったのですが、あまり冷房が効いておらず、体力の限界でした)

ただ、このカフェ・バタヴィアもまた、歴史的な建物だったりします。こちらについては、改めて記事にしようと思います。

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